ドブの底

汚い

    ここ最近自分の中で曖昧に渦巻く汚い感情をつらつらと綴り、なんとか形にしたいと思います。推敲もしない。

    

    私は自分の容姿が嫌い。本当に嫌い、ダメ。例えば細い四肢にアンバランスな顔のサイズ。例えば低い鼻。例えば大きすぎる口。必要以上に鏡を見たくない。必要以上に写真に写りたくない。それらはあまりに容赦なく現実を突きつける。自己評価を数段下げた状態で見たとしても、嗚呼まだ下げ足りなかった、もっと低かった、そもそも自己評価など笑止千万、となる。そして自分を意識する自分が厭になる。恥。初めて眉毛を整えて人前に出た日の恥ずかしさを覚えていますか?毎日がそれ。恥。ふざけた性格ふざけた人生であるからして、酒の席等では自分の事を可愛いと称することもある(気持ち悪いですね)けれど、口先の事であり本心では決してない。そんなものは空っぽの言葉。意味なんて無い。空洞。クードー。

 

    自分を愛せないのにひとから愛されるはずなどない、と云う人がいる。どこにも一定数、奴らはいる。自信に満ちた顔で云う。そもそもそんなこと私がいつ訊いた?一方的に語るな押し付けるな、傲慢の心地よさに浸るな。恐ろしい。そして少し羨ましくなる。自分を愛する事のできる強さ。その根拠になる容姿、環境。

   自分を愛する(外見や内面すべて含めて)事の難しさ。もしかしたら私以外の人間はみな呼吸のようにそれをしているのかもしれない。しらんけど。愛という言葉がもうダメ。愛は三角コーナーの中身、水たまりに浮かぶ虹色の油、使い古したボロボロの雑巾。

    ただでさえ汚い自分にそんなもの投げ掛けたくは無い。そんな強さなら、無い方が良い。