ドブの底

汚い

    私の母は、およそ世間一般の母親像のようなものに全く合わない人だと思う。

    母の匂い、というものが誰にでもあると思う。洗剤の匂いだったり、香水の匂いだったり。私にとってのそれは煙草の匂いだった。私が小さい頃母にくっつくと、母の洋服からセブンスターの匂いが水で薄まったような、でも別に臭いわけじゃない匂いがした。それが煙草の匂いだったとはっきり気づいたのはそれからずっと先、私が煙草を吸うようになってからだった。

    料理をしながら煙草を吸う母親だった。

    母は私が小さい頃から、よく昔の話をした。

    中学高校と地元でヤンキーとして肩で風を切り、高校を卒業して二、三年働いたあと突然仕事を辞めた。貯めたお金で自分で学費を出して、当時双子の姉が大学生活をしていた名古屋の家に転がり込み、名古屋の美術学校に入った。その学校で私の父と出会ったという。だから私の育った家のいろんなところ、例えば階段の踊り場や玄関には、父と母が学生時代に描いた大きな絵が飾られている。

    母は、子供の教育には全くの無関心だった。子供にこれをしろ、あれをしろ、と言ったところで、元ヤンだった自分の血が流れる子供たちが親の言うことをきかないことなど分かりきっていたからだと、私が大きくなってから話した。勉強をしなさいなんて言わない代わりに、人前での振る舞いにはとても厳しかった。家族で出かけた先で私が何かの拍子に駄々をこねると、「恥ずかしいからやめなさい」と叱られた。他人に迷惑がかかるから、と。

    母に教育らしいものをされた記憶は、だから私には少しも無い。強いて言うのならば、母は音楽や映画や本を私に教えた。母の聴くシンディーローパーを一緒に聴き、母の観るローマの休日を一緒に観て、母の読む当時私には理解できなかった恋愛小説を、母の目を盗んでこっそり読んだ。

    そんな母が、少しずつ小さくなる。大きくなって社会に出ようともがく私と入れ替わるように、少しずつ少しずつ、目を凝らさないと気づかないような調子で、体が小さくなっている。少なくとも私にはそう思える。相変わらず煙草を吸うけれど、昔みたいに声を荒げて夫婦喧嘩したりは、もうしない。

    私が中学生の頃、普段真面目なことなど話さない母が、私に向かい合って言ったことがある。「あなたの人生を生きなさい」と。その時は夜で、とても静かだった記憶がある。そう話した母が私の中に何を見ていたのか、何を感じ取っていたのか、分からない。でも、母には全てバレていること、それだけは確かだった。

    私は母のように、血を分けた者のために生きる道がない。別に悲しいとも苦しいとも思わない。思わないけれど、母に孫の顔を見せられないということが、後ろめたいことみたいに思える時が、たまにある。